▼ 堅い話を続けたので、ちょっと軽い話題で。
▼ 昨年の秋に、大枚はたいてオーディオアンプとスピーカーを買いました。家が狭いのでパソコンデスクにおけるような小型のもの。慣らし運転が終わるまでやはり機械は調子が出ないのでしょうか、数ヶ月経った少し暖かくなった最近から驚くほど素敵な音を鳴らしてくれるようになりました。
▼ 聞きたい音楽はすべてiTunesに保存したのを聞いていたのですが、AmazonのPrime会員である私は音楽配信サービスを会員価格で使えるというので試しに入会したら、これが便利この上ありません。あれほど苦労して数百枚のCDからiTunesに取り込んだ音源は殆ど聞かなくなってしまいました。なにせこのサービスにはCD化されておらず大学生以降聞けなかったものやデジタル・リマスターした高品質のものまで聞けます。検索も簡単だし、会費を払い続けていればスマホに取り込んで聞くこともできます。素晴らしい。
▼ この流れで最近はPrime Videoという映像版も愛用しています。子供の頃も含めて感動した映画や見に行きたかったけど見逃した映画の多くが無料で見ることが出来ます(レンタル料を払うつもりならば殆どすべての映画が見れます)。Fire Stick TVという機器を買ってテレビに刺せば、同じコンテンツが大きい画面楽しめます。もうCDやDVDを買い溜める時代ではなくなったのですね。
▼ Kindleのような電子書籍は手に入れにくくなったものをコレクションするには最適。大好きな西原理恵子さんや須賀原洋行さんの旧巻も綺麗な画面で見ることが出来ます。これで、つげ義春・忠男兄弟もすべてコレクション出来たらなあというのは贅沢でしょうか。
▼ しかし一方で、これだけ何もかも外に出ずともネットで済む時代になると、逆にリアルの価値が高まるように思えます。
▼ 気のおけない友人との呑み、メールじゃなくワイガヤ的な同僚とのディスカッション、春の気配が見える中でちょいとコンビニまでサンダル履いてビールを買いに行くときの街の匂い。吉行淳之介さんの「街角の煙草屋までの旅」という素敵なエッセイがありますが、そんな気分。
▼ 物販の世界ではリアルがネットに置き換わるのではないかということがずっと議論されていますし、それに対する知見も色々とあるようです。
▼ しかし、音源はネットで得ても、純正オーディオのアンプとスピーカーを使って聞く音は違いますし、ラジオから流れた懐かしい歌にその時代の香りを感じたりするのはリアルに近い分野のようです。おっと、でもよく考えると僕にとってラジオは電波で聞くものではなく、radikoというサイトやアプリで聞くものとなりました。うーん、これはネットかなあ、リアルかなあ。
▼ 実際は、多分こうやってネットとリアルが「いれこ」になって今後の世界は構築されていくのでしょう。ヒトは心を失わないから思い出や気持ちは持ち続けますが、そこへの働きかけの刺激の「入手方法」のバリエーションが増えるということで。
▼ それは時には「スマホ中毒」のように経験したことのない疲労や害を与えることもあるでしょうし、すっかり忘れていた30年前のお気に入りの曲を聞かせてくれることもあります。「毒にも薬にもなる」というところで、新しいものと旧いものとはそうやって折り合いをつけていくものかもしれません。
▼ 僕なんかも、つい右か左か、良いか悪いか、みたいな色分けをしたくなるのですが、実際のその間のグラデーションに現実や真実は存在するのでしょう。そんなことをAmazon Primeでデジタル・リマスターされた「Waltz for Debby」を聞きながら思う早春の晴れた日なのです。