▼ 溜まっていた経済雑誌を読む。多くは2019年予測といったありきたりのものだが、目についたのが日経ビジネス2019.1.7号の「会社とは何か」。「株主は上にのぼりつめた」という揶揄的なコメントが載っている。
▼ 株式会社、その存在が大きく変わっている。コンプライアンスだ、コーポレート・ガバナンスコードだ、SDGsだ、ROEだとタテマエの締め付けばかりが増え、それに対応することに多くの経営者は時間を使うようになっている。しかも、これらのことが「株主様」からのご要請だ。
▼ 株主は成長しそうなところにリスクマネーを投資し、儲けからリターンを得るのが原理原則ではなかったか。しかし、その株主の存在が利益を上げること、業績を改善すること、何よりも企業の手足を縛り始めている。なんと皮肉なことだろう。
▼ そしてそれらの立て付けははたらく人や経営者を、そして社会を息苦しくさせはじめている。誰にも悪意はないのに、悪意になってしまう「合成の誤謬」、それが社会に万円仕出した。一体こうした犯人は誰なのか。
▼ 安い給料しか払えない、だから、副業をやれという。働き方改革で残業ができない若者は副業をやらざるをえない。なんんことはない労働強化だ。一部の資本家による搾取による人間疎外、マルクスが語ったのと何ら変わらない資本主義がそこに登場している。
▼ そうしたなかで若者の反論が始まった。同雑誌の特集の48ページから始まる「しょぼい喫茶店」がそれだ。この不寛容でせせこましく、がんじがらめの世界の中で若者は悲鳴を上げ始めている。彼らが武器にしたのはSNSという自ら発信できるメディアだ。そこで心を壊してしまったことのある若者がつぶやく、「喫茶店をやりたいんです」。
▼ そこからの経緯は雑誌を読んでもらうことにして、共感する人々がその喫茶店を応援し開店にこぎつけたそうだ。その名前は「しょぼい喫茶店」。しかし、精神はしょぼくはない。これは1960年代、1970年代の安保闘争でデモを組んだ若者たちと同じ革命の叫びだ。ただ、違うのがゲバ棒がSNSになり、声高に安保粉砕と叫ぶのではなく、「ここで生きていてもいいですか?」とつぶやくということだけだろう。しかし、明らかに彼らは今の世の中の嘘を見抜いている。衝撃を受けた。
▼ 何がダイバーシティだ、何がコンプライアンスだ。景気に振り回され、「こうあらねばならない」という多くの制約線に囲まれ、抑うつになったり、適応障害になったりしながら必死に生きていくことの意義を見出さなければならない世界のどこがダイバーシティであるものか。「しょぼい喫茶店をやりたいんです」とつぶやく彼らの方がはるかにダイバーシティだ。
▼ 「会社とはなにか」というこの特集と「しょぼい喫茶店」は一見つながらぬ。しかし、この閉塞感に満ちた、タテマエだけの世界という点ではどんな組織であろうと同じなのだ。それを僕らは認識しなければならない。
▼ 「しょぼい喫茶店」、ぜひ、検索してほしい。ツイッターもブログもある。店長さんは「えもいてんちょう」さん、働いているのは「おりんさん」という元看護師の方で彼女も優しいが故に心をやんでしまった人だ。LGBTだけがダイバーシティではない、生きていくことがみんなにとって平等になっていくのがダイバーシティなのだ。