< 話題のアベノミクス >
 2012年11月の、野田-安倍党首討論の迫力は今も忘れない。あれから何かが大きく変わり始めた。自民党の前・総裁である谷垣氏と野田氏の密談が一時期話題になったが、あの頃から野田氏は悪役を演じる覚悟を決めていたのだろう。尤も、「民主党」の中での悪役だが。幕引きの決断力はもっと評価されるべきだろう。
 
 米国大統領は選出後の100日でその後の指示が決まるそうだ。それに習えば、安倍首相は上手に11月からの3ヶ月を乗り切っている。彼の経済政策は「アベノミクス」と名付けられ、持ち上げられること毎日だ。
 
 もちろんこれは、民主党への過大な期待と実際のヘタレぶりが、余りにも際立っているからという効果もあるだろう。政権交代が自己目的化する民主党にはあまりにも重かった三年間だったと言えるだろう。社会党の村山政権の途中に阪神大震災が起こったことも妙に符合する。
 
 事実、アベノミクスは今のところ成功している。円安で輸出企業はメリットを享受し、株価は上昇。おまけに不動産投信(REIT)と不動産株の値上がりはとどまるところを知らない。内需企業で働き、株式投資をしない人でも、気持ちが明るくなっていることは間違いないだろう。
 
 加えて、「見た目」も悪くない。安倍首相の言葉は外交、防衛、経済対策すべてに力強く、民主党への国会での反論は質問した民主党の人間が惨めに見える程だ。おまけに副総裁は麻生氏。首相経験者が副総裁で、おまけに外交の席では相手国のトップと英語で冗談を言い合えるのだから、格好悪いわけなかろう。
  
< 中身は単純で理解しやすい >
 色々と難しい解説がなされているアベノミクスだが、その内容はさほど難しい物ではない。
 
 基本的には、デフレだと経済はマイナススパイラルに陥る。つまり、価格が下がるであろうという「先安があるので物を買わない→生産活動が停滞する→賃金や雇用が悪化する→安いものを必要最小限しか買わない→生産活動がさらに停滞する…。
 
 特に資産の価格が下がってしまう資産デフレはキツイ。日本はまだまだお金を借りるときに担保がいるので、その担保の価格が下がるとお金が借りれない。借入金が減るならば健全経営だが、バランスシート全体が縮小する。縮小均衡になっていってしまう。
 
 だから、目標を決めて、インフレにしましょうというのがアベノミクスの考え方だ。インフレ率2%とはこのことだ。確かに過去のインフレ率から考えると、「マイルドで受容できるレベルのインフレ率」である。
 
 で、このために、(1)金利を下げて金を借りやすくし(金融政策)、(2)民間の設備投資増加を促し(民間投資)、(3)公共投資を増やす(公共投資)の「三本の矢」作戦が話題になるわけだ。非常に古典的な経済政策ではあるけれど、民主党時代には「公共投資は悪」「コンクリートから人へ」という政策があったので、この手は使えなかった。
 
 そしてやってみると、実際に効果は出た。円安で息も絶え絶えだった企業が四半期利益が黒字になり、資金調達までしようかと言い出している。金余りになりそうなので、株だけでなく、先ほど述べたREITや不動産株、そして地価も上がりそうな雰囲気を見せている。
  
< 経済はコントロール可能なのか? >
 ここまで書けば、全てがよさげな話。すべてOKという感じ。歴史的に言いがかりに近いことを言ってきている韓国、中国にも安倍政権は強気であり、溜飲を下げてる国民は少なくないだろう(詳しくは以前書いた「No.5 正しい歴史認識とは~日・中・韓の古傷~」参照)。
 
 しかし、である。経済雑誌でのエコノミストや経済学者の論文は、必ずしもポジティブなものばかりではない。また、本屋でも「株価と不動産に投資せよ!」という論調と「日本破綻!」という論調の本が並んでいる。なぜなのか?
 
 理由は意外と簡単。ひとつはインフレをコントロールできるのかはわからないこと。ふたつには、日本は「失われた20年」で、どんな強みを得たのかよく見えないこと。この二点だ。
 
 インフレはお金が余っている状態。だから、金利を上げれば借入ができなくなり、インフレは落ち着く。コントロール方法のわかっている、そう原則は。しかし、そのタイミングを誰が正確に読めるのか?。答えは「極めて難しい」だ。1980年代後半の日本のバブル経済、2000年のITバブル、そして2000年代半ばの米国のサブプライムバブル、すべてコントロールを誤って、大きな痛手を受けた。
 
 では、ふたつめの「失われた20年」に得た日本の強みは?。確かに技術面では多くの進歩があった。直近のiPS細胞の研究を筆頭に、青色LED、液晶、フラッシュメモリー、その他諸々。だが、その一方で縦割りで重層的な組織による意思決定の遅さは決して改善していない。いや、むしろ技術のガラパゴス化よりも、組織運営のガラパゴス化の方が問題だろう。それほどに我々は賢くなっていない。
  
< 世界中を巻き込んだ実験&博打が始まった >
 加えて怖いのは、アベノミクスに期待をしているのが、世界中だと言うことだ。エキセントリックな言い方をすれば、世界中が「賭け金」をはり始めたといっても良い。
 
 欧州金融危機は終わりが見えず、米国は「双子の赤字」解決のために財政削減で景気回復は遅い。お元気だったロシアと中国は、それぞれの理由で経済状況は伸び悩み。どこかに明るい話はないか、あれば一枚乗ったるぞ、それが経済人や投資家の偽らざる気持ちだ。そこに現れたのがアベノミクス。実際に円安で輸出企業は業績改善、株価も上昇。ならば、いっちょ乗せて貰いまっせ。今、日本はここにいる。
 
 これがバブルだというつもりはない。円安にしても、株価にしてもリーマンショック以前に戻ったレベルであり、バブルというにはレベルが低すぎる。
 
 ただ唯一気にしているのは、これが「共同幻想」ではないのか、という点だ。みんながあがると思えば価格は上がる。特に株式や不動産といった価値測定の方法が色々とあるものは。逆に言えば、醒めた瞬間に下落する。そしてこの「共同幻想」を生み出したのは、(1)金利をもっと下げれば資金の借り手がいて、(2)資金の借り手は生産性をあげるための投資をし、(3)公共投資も行えば、「共同幻想」が維持できるという考えだ。
 
 だが、その具体的な方法として日本国債を日本銀行に買わせようとしている。もし思うように日本の生産性があがらなければ、公共投資の効果があがらなければ、国債価格は下落し、日本への信用は落ちる。信用が落ちれば、金利を上げないとお金を調達できない。金利が上がれば、国債の利払いだけでとんでもない負担になる。借金のための借金、雪だるま式に増えた先は破綻だ。
 
 ギリシアと日本の差は、国債を自国民が買っていないか買っているかの差だという。つまり、国内でお金を貸し借りしているだけだから、安心だと。しかし、それはイコール、「国債は紙くずにします」と徳政令を出すことだ。果たして1000兆円に迫ろうとしている国債を「チャラにします」と徳政令を出せる政治家がいるのか?。
 
 そう考えると最近のアベノミクス持ち上げ報道は冷静さを欠いているのじゃないのかと思うのだ。もちろん、僕だって暗いことは言いたくはないが。