< 仮想敵国を作る >
 2012年も残り一ヶ月強。東日本大震災で悲しみに沈んだ2011年に続き、2012年も日本は揺れた。終わりなきデフレと需給バランスの崩れは、消費や投資だけではなく、ついに雇用にまで及んだ。パナソニック、シャープ、ソニーと言った民生エレクトロニクス企業の業績が大きく悪化し、労働組合をひとつの大きな支持母体とする民主党政権下であっても、「退職勧奨」や「事業所・工場閉鎖」による失業者の増加を止めることができない。

 こうした時に最も便利なのは事実を直視せずに、仮想敵を作ることだ。今も昔も仮想敵を他国に作り、人々の目をそちらにそらせ、ナショナリズムを煽り、「自分達は悪くない」と自慰行為にふけさせるのが為政者の常である。

 しかし、その結果がどうであったかを痛いほど思い知ったのが我が国である。列強のアジア植民地化が進む中で、日本が明治維新という形での近代化を進められたのは僥倖と呼ぶしかないし、その後、第一次世界大戦まで戦勝国であり続けたのもまたラッキーなことであったとしか言いようがない。そして、その幸運を謙虚に受け止めなかったことが、太平洋戦争の敗戦という形で今なお日本の大きな「古傷」として残っている。

 それは例え高度成長、政治の動揺や石油危機とその克服、為替の変動相場制度に産業構造の変革、円高不況にバブル経済と崩壊、そして長いデフレーションといったものを経てきても、今なお残る日本のトラウマだ。そして、弱気になった時に、そのトラウマは自分を責め立てる要因となり、さらに自虐的になっていく。今の日本は何度目かの自虐の局面にある。
 
< 中国共産党の古傷 >
 冒頭に述べた雇用崩壊の要因でもあり、一方でナショナリズムの高揚ともなる危険性でもあるのが中国、韓国との歴史的認識のズレである。竹島、尖閣諸島の問題は明らかに日本のナショナリズムをあおり立てたし、そのことによって、グローバル性においては我々世代を遙かに超える有能さを発揮する若者さえをも狂わせている。

 しかし、である。日本に古傷があり、トラウマがあるように中国、韓国にも古傷がある。誰もが古傷には触れられたくないものだ、ということを理解しなければならない。列強に蹂躙された殆どのアジア諸国の中で、殆ど唯一と言って良いほどに近代化を自力で進められた僥倖を得た日本の、それは義務である。

 ここからは有能な知人から教えて貰った知識と議論に基づくものであり、筆者のオリジナルの分析ではないことを先に述べておく。

 中国人民共和国の古傷とは何か?。それは、長きにわたって生意気な朝貢国でしかなかった日本が日清戦争で自分達を破ったことであり、そのお返しとなった日中戦争での勝利は中国共産党によってなされたことではないことである。日本の武装蜂起は国民党、蒋介石が行ったものであり、その時に共産党は延安に籠もっていた。中国共産党と毛沢東が理想国家の設立のために動き始めたのはその後で、国民党は台湾に追いやられたことは誰もが知ることのできる事実である。

 中国共産党による社会主義国家の設立は、「大躍進政策」や「文化大革命」という大きな失敗を伴い、同時に独裁化の進展とともに失敗ではないかという疑問を持たれるようになる。そして、それが決定的になるのがいわゆる「(六四)天安門事件」である。民主化を求める自国民に対して武力弾圧を行ったという歴史は、独裁がもはや疑問ではなく事実であることを証明した。その後、驚異的な経済成長により国連常任理事国としてだけでなく、経済面でも国際的な重鎮となった中国の共産党による一党独裁は、これらの点で自己批判を行っていないという観点からは今なお正当性のあるものではない。

 この古傷が痛み出してきたのが、社会主義国の経済大国でありながら貧富格差の存在が大きくクローズアップされ、なおかつ権力の承継を行わねばならなかった2012年である。尖閣諸島による反日感情は、この古傷の痛みをしばし忘れさせてくれる鎮痛剤である。しかし、鎮痛剤は使い過ぎれば効きが悪くなる。そんなことは数千年の歴史を持ち、東アジア文化の祖の末裔である中国にわからないわけがない。選択肢はソフトランディングかハードランディングしかないが、独裁国家のソフトランディングは殆ど例がない。残るのは自国が覇権国家となることだ。フィリピン、ベトナムを始めとする日本以外の国との領有・領海件争いの背景はここにある。
 
< 韓国の古傷 >
 一方、韓国はどうか。

 先日、日本人のDNAが縄文人と弥生人の2タイプに分かれており、前者は北海道のアイヌや沖縄の琉球人といった先住民族、後者は本州・四国・九州に住むものに多いという発見があった。そして、弥生人は進んだ技術を朝鮮半島経由で持ってきた人々が祖であることは小学校で習うことである。朝鮮半島の人々は日本に新技術を伝承したのであり、先住民族であった縄文人との混血が多く広まったのが今の本州・四国・九州に住む日本人であろう。

 文明・文化的には朝鮮半島の人々が日本の先生であったはずなのに、日本帝国に支配された36年間は屈辱的な年月であったと言えるだろう。

 しかしややこしいのは、その朝鮮半島自体が1000年以上の長きにわたって中華帝国の属国でしかなかったという事実があることだ。朝鮮王朝は存在したが、王の後継を誰にするかは中華帝国の許可を貰わねばならず、その許可を貰うために金品だけではなく多くの男女を中華帝国に献上していた。

 しかも日本帝国の支配下におけるレジスタンス活動はむしろ台湾の方が激しく、朝鮮半島では目立った反日闘争は為されていない。中華帝国の属国として扱われてきた朝鮮半島の社会的インフラ、経済力は疲弊しきっており、日本帝国支配へのレジスタンスさえも十分にできなかったことは悲しむことであるし、朝鮮半島を故郷とする人々のトラウマである。

 しかも、日本帝国支配が終了しても、朝鮮半島の蹂躙は終わらなかった。朝鮮戦争である。東西冷戦の戦場として第二次世界大戦後も荒らされ続け、国は二分した。当初は工業地区を多く持ってい北朝鮮が圧倒的に経済面で有利であり、それが日本から多くの在日朝鮮人が理想国家の建設を夢見て帰国した所謂「帰還事業」となる。

 工業地区をあまり持たず、農業が主な産業であったため、経済発展に遅れをとった韓国は当時の軍事クーデターで大統領となった朴正熙が1965年に日韓平和条約を締結。日本は当時の外貨準備額の25%を賠償金として支払い、なおかつ植民地時代のインフラの権利を放棄した。これによって、「日本の賠償は全て終了」し、さらには朴正熙が暗殺されたことで民主化が一気に進んだ。

 独裁国家である北朝鮮と民主化された韓国。立場は大きく逆転したのが今の朝鮮半島である。

 日中戦争で日本を武装蜂起に追い込んだ国民党が住む台湾は日本に対して対等な関係であり得ている。しかし、長年にわたる中華帝国の属国支配を受け、なおかつ文明的には弟分であった日本に植民地支配を受け、それに対する反日運動を展開できなかったことは韓国の大きな古傷である。また、北朝鮮との祖国統一をするためには多くの難民を受け入れる経済的基盤と国民的合意が必要だが、東西ドイツ統合以降のドイツの経済的な混乱と現在の経済情勢を考えると、それは難しい。

 韓国もまた北朝鮮を含む国家をコントロールできていないという点でジレンマを抱えており、その不満をそらすのに反日という点で中国と利害関係は一致する。
 
< 相手の古傷に想いを馳せる想像力こそ強み >
 そう考えると、日本、中国、韓国、いずれの国も寒くなると痛み出す「古傷」を持っている。欧州危機、米国の景気回復の遅れ、そして中東情勢と言ったことを考えると、この寒波が容易に去るとは考えにくい。とすれば、反日に目をそらすのが一番であるし、また、お家芸であった民生エレクトロニクス産業が傾き、近代日本の最後の砦であった安定雇用まで崩壊しつつある日本にとっても竹島、尖閣問題は格好の「目をそらす」ための口実であるとも言えるだろう。

 台湾も反日行動に見えるが、これは単純な理由で、日本帝国支配時代には同じ国の領土であった台湾と沖縄は尖閣諸島周辺で仲良く漁業を営んできた。太平洋戦争後もあえて尖閣諸島を曖昧な位置づけにしておくことで、その状況は続いてきた。それが突然に「日本の領海」となれば、操業ができなくなるし、日本としても領海侵犯をタテマエとしては許可できなくなる。要するに、「根回し不足」であった。

 先日、石垣島漁協の方々が台湾の漁協を訪問し、建設的な解決をしようということで合意したが、本来は日本政府が先にその布石を打つべきであった。昭和天皇でさえA級戦犯の合祀に不快感を表明し(富田メモ)1975年以降、一切参拝を取りやめている靖国神社に参拝する幾人かの政治家と同様に、「政策ミス」を犯したのであり、この点で日本国民はその政治家達の空気のよめなさ加減に呆れるべきなのだ。
 
 第二回目に書いたが、一番賢い敵の倒し方は「仲間割れを誘うことである。逆に言えば、「仲間割れ」をしないようなパワーバランスをどうとれるかを考える事が最も重要な外交政策である。特に欧州、米国ともに往年の力を失う中ではアジアとイスラム教圏は重要な地位を獲得する可能性がある。これに国家の北半分が永久凍土であるロシアの利権を考慮することができれば、状況は一変する。

 あとは各国それぞれが「「古傷」」をもち、そのトラウマにどれだけ悩まされているかを知っているかどうかだ。その答えは歴史の中にしかない。日本人の歴史好きはこういう時にこそ生きてくるのではないか。そんなことを思わざるにいられない。