▼ 正直、この項を書くのには躊躇した。アナリストとして長年担当し、商人であった父を持つ私がこれを書くことは恩義のある人や業界にツバ吐くことになるのではないか、その思いを捨てきれなかったからである。しかし、今日は思い切って書く。
▼ 結論から言おう。「小売業はいつまで大昔の知識、知見にすがって生きているのか。もういい加減に勉強し直す時期だろう。しかもそれは海外の小売業を見て猿まねをすることではなく、真剣に自分の顧客に向き合って良い商品とサービスを提供するのにどうするかを学ぶことだろう」
▼ 多くの小売業の営業利益率は、一部の高収益企業を除けば、一桁%、中にはコンマ一桁%なんていう企業が珍しくない。荒利益率は衣料品で50%、雑貨生活必需品で30%、食品で20%程度だから、会計が分かる人には簡単な話で、途中の販売管理費が荒利益率の殆どを殺しているということだ。
▼ 製造業などでは製造原価があり、それも利益を上下させるが、小売業の場合は殆どで仕入れて販売しているのでプライベートブランドなどの一部製造小売の利益も荒利益率に含まれる。やっぱりコストがかかりすぎなのだ。
▼ では、小売業界は販売管理費を下げることを知らぬほどの無能な産業なのだろうか。いやいや、とんでもない。戦後間もない1948年には倉本長治氏が近代小売業のことを何も知らぬ小売業種のための教育や情報誌を発行するために「商業界」を設立し、「箱根セミナー」と呼ばれるセミナーには個人商店から近代小売業へ脱することを夢見た事業主が大勢集まり、ケンケンガクガクの議論となり大きなうねりを作った。
▼ また読売新聞の経営技術担当記者であった渥美俊一は入社10年後に独立し、日本リテイリングセンターを設立し、そこで「ぺガサスクラブ」という定量的な化学的経営手法を使って事業主を教育した。商業界、ペガサスクラブ、この二つは今も日本の小売業の発展を語る際に無視できない存在だ。
▼ 分野別でも大きな貢献をした人物にはこと欠かない。オンワード樫山の創業者二世馬場彰氏は「消化仕入れ」という新しい商慣行を発明した。衣料品ではそれまで小売業の有能なバイヤーの目利きで売れそうな商品を仕入れて販売するのが慣行だった。「有名百貨店のバイヤー」と言う言葉がいまだに輝きを持っているのはその記憶である。しかし、戦後復興の中で小売業が大量に出店する中、店頭在庫の重さは小売業のバランスシートを圧迫し、在庫商品の処分損失は損益に小さくない影響を与えた。そこに「消化仕入れは」店頭在庫品はあくまでもメーカーからの貸与展示品であり、販売した瞬間に実在庫となった。そして売れ残り在庫はオンワード樫山が期末に引き取る仕組みとなった。この手法は後の百貨店の大量出店による隆盛を支えた。
▼ また以前にも触れた関西スーパーの「科学的鮮度管理方法」の開発は、個人商店でしか成り立たなかった生鮮食品販売を一箇所での販売を可能とした。それは、生鮮食品は鮮度管理が難しく、(1)食肉や鮮魚のように収穫した後に腐敗することで劣化するものと、(2)野菜や果物のように収穫した後も生きて蒸散することで萎びて劣化するものが混在する。このことを管理、コントロールするノウハウを生み出し、業界で共有したことで今の食品スーパーは成り立っている。また、関西スーパーは店内物流などの面でもカート方式などの開発で食品の近代販売を成功させた。
▼ 重要なのはこうして各小売業が知恵を絞り、学び、多くの問題を解決して小売業を発展させてきたのだが、あれから60年以上経っているにもかかわらず、多くの小売業はいまだにこの時代の技術と知識にしがみついていることだ。勿論、新たな販売手法や商品開発に力を入れている小売事業主も相当数いる。ここには敬意を表したい。実際、1970~80年代にはまだ金融業界でも馴染みのなかったM&Aによるシェアを拡大しようとした企業もいた。だが大勢とは言いがたかったし、なによりも現金商売で資金繰りに困らず、日本経済も拡大していた時期には新たに学ぶ必要もなかった。
▼ しかし、その潮流が大きく変わったのは日米構造協議の中で、日本の小売業を守ってきた規制 大規模店舗法が徐々に緩和され、2000年にはそれが撤廃され、自由競争になってしまったことだろう。既存のやり方に依存していた各社は「その次」を睨んだ勉強をあまりにも小売業はしなさすぎた。
▼ 今、ネットスーパーやECのセミナー、そしてIT、DX活用のセミナー、ウェビナーが押すな押すなの大人気なのだそうだ。「何を言う、新しい事を学ぶべきと言ったのはお前ではないか」、確かにそうだ。しかし、過密というほどの人がひしめき合いう東京やそれを取り囲む三県の人口集中地区ならばいざ知らず、過疎化に悩み、自動車がなければ生活にもこと欠く地域でネットスーパーをやってラストワンマイルのコストが回収出来るのか?。答えはNOだろう。出来るとすれば、極端に人件費を抑えたワーカーを雇うしかない。IT活用、結構だろう。では無人店舗にシフトするところまで考えているのか、無人レジを高齢者に理解させる消費者教育まで考えている企業がどれだけいるのだろう。結局、できもしないことをさもできるように言って、セミナー代をむしり取る人や組織に騙されているだけではないのか。
▼ いまこそ、過去の先達の勉強熱心さと新しいアイディアに尊敬をいただきつつ、それを封印し、亜新たな道に進まなければならない。そのモデルのヒントは確かにほかに国にあるかもしれないが、そもそも商慣行も消費嗜好も違う国のものを移植しただけで収益が変わるわけがない。
▼ 今までは卸という便利屋と現金商売というメリットがあったから生きて来れたが、これからは小売業に資金援助・ファイナンスを与えてくれたこれらの存在は今までのように甘い顔をしてくれなくなるだろう。過去を踏まえつつ、過去に「さよなら」を言う気概が必要だ。