▼ ちょっと業務が立て込んでいて二週間ほどろくにニュースも見られず、久々に先日ヤフーニュースを見たらビックリ。大手調剤薬局のクラフト(店名はさくら薬局)が2/28に経営に行き詰まり事業再生ADRを出したとのニュース。
▼ このクラフト、株式効果をしていて決算説明会にも行った記憶があったので調べて見たら、1995年に店頭登録で株式公開したのだが、2008年にMBOをして非公開化している。非公開化の理由の一つがM&Aだったようで、2007年末には270店舗が2020年には1,000店舗超、業界第三位の規模だったとのこと。なるほど、だから、今でも印象が強いのか。非公開化が14年前なんていう感じが全く持っていなかった。
▼ 既にニュースとしては旧聞に属するので、逆に言えば色々な解説記事を読んでその背景を知ることが出来るのだが、まさしく2010年頃~現在の「調剤薬局あるある」をそのままなぞっているような事例だ。
▼ 2000年代の後半、大手による中堅・中小の調剤薬局買収が猛烈に流行した時期がある。その理由として、社会保険料負担の膨張により医療関連費用にメスが入り、薬価の引き下げや、ジェネリック医薬品使用の推奨、調剤報酬の点数引き下げが起こった事に端を発する。調剤薬局は、昔のいわゆる薬店、薬局の流れを組むところが多く、家業として行われてきた数の方が多い。しかし、上記の変更は調剤薬局の収益性を落とす。そこで資本力のある大手がこうした中堅中小を買収し、規模の経済を取ろうとした、それが調剤薬局M&A流行の背景だ。
▼ 2000年代の後半~2010年代半ばまでは、とにかくどんな調剤薬局でもいいから買いたい、欲しい、M&Aしたいというニーズが異常なほど熱気を帯びていた。うろ覚えだが、EV/EBITDA(営業キャッシュフローに対する企業価値)で7~10倍まで値上がりしたと記憶する。業界によってこの数値はまちまちではあるが、それでも10倍という数字は猛烈な高値だ。
▼ M&Aには当然買収資金が必要だ。株式公開企業の方がメリットがある。しかし、クラフトは株式公開をやめている。これは想像だが、株式公開企業はM&Aや資金調達などの企業行動(コーポレートアクション)するための説明責任が厳格なため、積極M&Aに転じるには当時から金利が下がる中で借入金で買収資金を賄う方が簡単だったのだろう。ブームの調剤薬局買収であれば金融機関の融資も通りやすかっただろうし。実際、株式公開廃止時に87億円の有利子負債が2022年には1,000億円を超えていたそうだ。
▼ しかし、問題はこの積極買収をしている間の調剤を取り巻く環境の激変だ。薬価、調剤報酬などがどんどん下げられ、しかも「かかりつけ薬局」という面倒な仕組みを入れることが推奨された。一方で、2000年頃にはあれほど厳しい体制が敷かれていた医薬分業が、大学病院や地域基幹病院といった高度な医薬品知識を必要とされる病院では「敷地内調剤」が許可されるようになった。こうした大型病院が出す処方箋枚数はクリニックのそれとは比較にならない量であり、だから大型病院の周りには山ほどの調剤薬局があった(いわゆる門前薬局)。それが一社独占に近い状態になるのだから、大きな規制緩和だ。さらにそこにドラッグストアの調剤薬局併設が進む。
▼ クラフトにとっては不運というしかなかったろう。それまでカネのなる木であったからこそ、身の丈を越える買収をしてきた店舗が収益を生み出さなくなっていた。いくら低金利とはいえ、借入金の返済時期は必ず来るわけで、融資の借り換えに将来国から入ってくるであろう調剤報酬の債権を担保にしていたという。要するに手形割引である。
▼ 加えて、さらに興味深いのがCOVID-19が彼らをさらに苦しめたと言うことだ。通常であれば感染症が流行れば(ex.インフルエンザ、風邪など)、通院頻度は上昇し、それに伴って医師が処方する医薬品も多く出る。しかしながら、COVID-19は日本では感染症2類だ。つまり、医師が保険適用診療できるものではない(インフルエンザは5類だ)。コロナは病院、クリニック、調剤薬局などの医療機関の売上を増やすことにはならなかった。
▼ さらに高齢者の死亡率が高いコロナは、「高齢者の社交場」とまで揶揄された病院、クリニックから高齢者の足を遠のけた。感染の恐怖だ。実際、これで多くの病院、クリニックも収益状況はこの二年間暗転している。オミクロン株が流行する前頃からは、背に腹は代えられず、「熱のある患者さんは一切お断り」といっていた病院が、発熱外来をわざわざ設置するまでになっている。そう、あまりにも想い疾病は病院や薬局の経営を苦しめるのだ。誰もそんなことは予想していなかったのだが。
▼ 日本で言えば[風が拭けば桶屋が儲かる」、英語で言えば「バラフライ効果」。それがこんな形で出るとは。目を皿にして見ておかなければ、本来であれば貢献するはずであった事項が収益を殺ぐという事例、それが今回のクラフトの再生ADR劇だったのだろう。まさしく先の読めないVUCAの時代、そんなことを感じる。