▼ 「非財務情報」という言葉が企業経営では注目の的だ。別の言い方をすれば、「ESG」、つまり環境・社会・企業統治といった財務数字では必ずしも表せない企業の指針や考え方、行動を示す情報・指標だ。
▼ 確かに財務情報に載っているのは金銭的価値に置き換えることのできるものだけだ。環境・社会・企業統治といったものは、環境維持のための費用や社会貢献に使ったお金などは財務情報に載せられなくはないが、その考え方や指針、今後の方向性などや実際行っている行動を載せるのは難しい。「流行り物」としてのESGには大いに疑問を持つ筆者だが、こうしてかみ砕いてみた際のESGには納得する部分が多いにある。
▼ 近年、この「非財務情報」に「人的資本」が加わった。確かに財務諸表にはヒトについての記述は人件費や役員賞与などしか載っておらず、ヒトに対してどのような経営指針をもっているのかはわからない。その意味では喜ばしいことなのだろう。
▼ ところが、これがさらに最近の「リ・スキリング」なるものに繋がってくると怪しくなってくる。「リ・スキリング」とは学び直しのことであり、長い人生を今後過ごすうえで、学び直しをする投資をヒトにしようということだ。
▼ うん、言葉ヅラは綺麗だ。学び直しなんていいじゃないか。これまではサラリーマンはせいぜい昇進するときにお仕着せの短い研修を受けさせられて現場に放り出されただけだったのだから。でもなんとなくモヤモヤする自分がいる。言うまでもなく日本は長寿大国となり、社会保障費をバンバン使ってきて国の財布はどんどん薄くなっている。なにせ公的社会保障はポリティカルコレクトネス的には「是」だし、人数の多い高齢者の投票も得られるというものだ。
▼ しかし、そのツケが回ってきている層がいる。失われた30年の後半で生まれた「非正規雇用者」達だ。彼らは正規雇用を得る機会を失い、非正規労働者として日々の生活費を稼ぐのに汲々としている。安い賃金で雇用が不安定な職に就き、その労働も決して楽ではない。「就職氷河期」は今もって大きな問題だが、それ以降も就職氷河期は続いている。
▼ そして問題なのは、非正規雇用者はその学び直し、「リ・スキリング]とやらを受ける機会も失われていることだ。なぜならば正規雇用者じゃないので、社会での教育や研修等は受ける機会がなかったのだから。非正規雇用の彼らにとっては机上の空論でしかない。
▼ 加えて「リ・スキリング」には、ITもろくすっぽ使えない邪魔な中高年層を改造しようという意図が見えてならない。そう、間違いなく今後の日本の社会問題は高齢化社会なのだから、彼らを働かせ続け税金を支払わせ、年金の受給年齢を遅らせることが必要なのだ。こんな問題は日本の年金制度が「積立」方式から「賦課」方式に変わった時点でもう分かっていたのに。実際、筆者が高校生の頃、40年前に読んだ漫画には高齢化社会の問題が載っていたのを鮮明に覚えている。つまり40年間何もしてこなかったのだ。
▼ そう考えると、綺麗に彩られている「人的資本」なる言葉と、それとかけ離れた「非正規雇用」という現実の格差が見えてならない。もういい加減、おためごかしはやめて、真っ正面から問題を見つめないか。そうでなければ本当にこの国の将来に明るいものを見通すことはできない。