▼ 知人との待ち合わせに早く着きすぎた。困ったなあと周りを見渡すと、ふと見覚えのあるビルが。そうか、ここは20年前に働いていた場所のすぐ近くだった。懐かしくなり、ビルの自動ドアをくぐり、毎朝眠い目を覚ますために通っていたコーヒーショップで少し時間を潰そうかと、シップ&レストランゾーンの扉を開けた。

▼ 無い。あのコーヒーショップがない。間違えたか?。いや、いや、ここにあったはずだ。慌てて、ビルのショップ&レストランの案内図を見る。無い。いや、それどころか、あれほどランチタイムは混み合っていたレストランやカフェがほとんどなく、コンビニとファストフードチェーン店が案内板を占めるだけだ。

▼ ビルを間違えたわけではない。その証拠にエレベーターで上がってみたら、勤めていた思い出深い会社はまだある。そうだ、ここに引っ越してくる前のビルに行ってみよう。そこから、五分ほどでつく旧本社があったビルに向かった。

▼ そのビルはあった、確かに。しかし、周りの景色は一変していた。見知らぬ高層ビルが建ち並び、旧本社の入ってたビルはメンテナンスが行き届いているものの、それらの高層ビルに比べて遙かに古ぼけている。

▼ そして、そこのビルのショップ&レストラン案内板には、最初に訪れたビルよりも遙かに歯抜けとなった店の名前が寂しく並ぶだけで、その中に見覚えのある店はなかった。なにしろ殆どの店はシャッターが下ろされたままだ。

▼ そうだよな、20年前だもの。そうだよな、コロナ禍でビルに入る店はどこも二年以上も苦しんだんだもの。変わらないものを求めて来られても、迷惑ってもんだ。

▼ 大きくため息をついて外に出る。ここは確かに懸命に仕事をしたあのビルなのだが、もはやあのビルであっても、あのビルではない。過去からタイムスリップをしたSFドラマの登場人物のように割り切れない思いを感じながら、僕は知人との待ち合わせの場所に重い足取りで向かう。と、同時に頭に浮かんできたのはこんな唄。

 

なつかしい人や町を訪ねて
汽車を降りてみても
目に写るものは時の流れだけ
心がくだけていく
帰ってゆく場所もないのなら
行きずりのふれあいで
なぐさめあうのもいいさ

シンシア、そんな時
シンシア、君の声が
戻っておいでよと唄ってる
君の部屋のカーテンやカーペットは
色あせてはいないかい

(吉田拓郎「シンシア」)

 

▼ 思い出は色あせてはいないと思ったけれど、やっぱり色あせていたよ。そう独りごちながら、待ち合わせの時間までもう少しある中、あちこちから聞こえる新しいビルの工事建設の音に囲まれながら、曇天の下のベンチでこれを書いている。

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