《 決算二週目報告 》
 二月決算の発表と説明会が本格化してきました。ただ、その印象は先週書いた第一週目のものとあまり変わる物ではありません。

(1)業績予想は現在出せるベストエフォートの物を出す
(2)状況が刻々と変わっているので第一四半期・第二四半期と時間が進むに合わせて適正開示をする
(3)食品小売は概ね既存店昨対↑・客数↑・客単価↓
(4)食料品では一品単価↓・買上数量↑である一方、衣料品は一品単価↓・買上数量→と温度差あり
(5)2011年度の不安要因は調達難(特に製造ラインにおける副資材不足)と消費志向の先行き不透明

 これを受けたアナリストやエコノミスト、投資家、マスメディアの感じ方としては、厳しい決算となることを予想する向きと、抑圧された消費が原発問題の縮小とともに大きくプラスの反動を受けるのではないかという期待感の両方が併存しているようです。

《 αとβ 》
 決算の話はここまでにして、「なぜ経営は間違うのか?」ということについて考えてみました。

 起業された方は志や夢があってビジネスを起こし、それを実現するために人を雇い、設備を拡大し、組織を形成するのですが、なぜか途中で歯車が回りにくくなります。これに関しては多くの研究分析があるので、学術的なものはそちらにお願いするとして、最近伺った話の中で「ヒントになるな」と感じたエピソードをふたつ。

 一つ目はα(アルファ)とβ(ベータ)です。

 投資信託や年金運用などの投資運用では、預託した投資資金の運用成果があります。これを運用している側(投資顧問や投資信託会社など)は、αとβに切り分けるのが普通です。αは、「どんな産業・企業に投資したかで差が出る、銘柄選別効果」、βは「全体の市場の動きに対してどれだけ引っ張られたかによる、市場全体の影響」です。

 わかりやすいたとえで言えば、同じ投資信託でも「水資源関連ファンド」などというのは、水不足を解消するのに強い技術を持っている会社の業績がよくなることに投資するので、「α指向型」と言えます。逆に、「日経平均インデックスファンド」などというのは、日経平均が1%あがればファンド成績も1%上がるというものなので、完全に「β指向型」と言えます。個人投資家が「××社が良さそうだから、●●社株を売って、××社株を買おう」という考えるのは「α指向型」です。

 で、ある方がおっしゃったのが「会社経営も、αとβを切り離して考えなければならないのではないか」ということ。で、経営者・経営陣が考えるべきことはβであるというのがその骨子です。

 先ほど申したように、βは市場全体の動きに対してどれくらい運用成績が振り回されるかという数値です。これを事業に落とすと、景気変動や立地や気候変動やマンパワー変動という「他律的な変動要因」に対して、どれくらい「業績」が振れるかということです。一見、小難しいようですが、すでに多くの流通サービス業はこれをやるための設備を導入しています。それはIT、流通業で言えばPOSを代表とするデータです。この販売データとそれに伴う在庫記録や値下げ記録、利益率推移といったものの連関性を落とし込むというのは統計学です。数式はややこしいにしても、システム部門が処理出来ることです。

 しかし残念ながら、十分にβが解析されているとは言いにくい。なぜならば、経営陣や現場の直感と解析されたデータに整合性が合わないときに、「なぜ合わないか」という次の「深さ」まで落とすトレーニングをしていないからです。一般的に言えば「仮説・検証」ですが、どうしてなかなか、直感と違うデータ結果というのは苛立ちさえ生みこそすれ、それをさらにもう一段分析するというのはあまり気乗りのしない作業です。経営者によっては「そんなのは数字のお遊びだ!」と思考停止をしてしまう方もいらっしゃるでしょう。

《 αは職人、βは経営者 》
 βが役に立たないという時に強調されるのが、「商品開発、立地開発、現場」の重要さです。たとえばPOSはすでに販売しているデータについてはあるけれど、導入していない商品については役に立たない、立地のポテンシャルをかぎ取って旨く交渉を勝ち取るのはベテランの勘である、といった話です。これは得てして創業者や創業メンバーに多い意見です。

 私はこれは間違っているとは言いません。むしろ、これをα=個別選別のうまさによる成果、であると切り分けて考えるべきです。ただ、立地のポテンシャルをどうかぎ取るかに関しては一定部分はαですし、一定部分はβです。つまり、匂いをかぎ取るところまでは「ベテランの勘」ですが、それがどれだけの集客可能性を持つかは「統計的に分析」する必要があります。その結果、この立地はダメだという結論が出たときに、なぜ「ベテランの勘ではOK」なものが、「統計的にはバツ」なのかをもう一段突っ込んで検証する部隊がないことが消費サービスという産業の意志決定を曖昧にしているように思うのです。

 そしてαをかぎ分けられるベテラン=職人は職人として存在意義があるし、βを徹底的に深いレイヤー(階層)まで落として分析するチームというのも大きな存在意義があります。そして創業者と一部の職人以外は、あえてβを解析する人間であると心がけておかないと、意志決定が混乱するのではないかというのがそのお話です。

《 創業は右脳、経営は左脳 》
 さて後日、非常に似たお話をお聞きしました。それは右脳と左脳の話です。

 ご存じのように右脳は直感とか勘といったインスピレーション部分をつかさどると言われています。逆に左脳は言語とかロジックとか言った論理部分を受け持つと言われています。そして、「創業者は右脳に寄った意見を言いたがり、実務経営者は左脳に寄った意見を言いたがることによる軋轢」が生じるケースが多いように思います。

 決算説明会で時々拝見する光景ですが、創業オーナーが一生懸命に自社の強みをアピールするのですが、業績が右肩下がりになっている状況下で話すので、聞き手である投資家側は何とも得心のいかぬ顔をして聞いているということがあります。そこを管理部門の経営者がなんとか整合性をつけようとするのですが、うまくいかない。最悪の時は説明会の壇上で創業者が憮然として管理部門の責任者の説明を聞いていたりして、ハラハラすることもあります。

 これも言い換えれば、「創業者・職人=αに興味がある人々=右脳型の人々」、「多くの経営陣=βを突き詰める人=左脳型の人々」という役割分担がうまくいっていないからではないかと思うのです。

《 「アパレルはギャンブルではない」 》
 こうしたことを書くと、いつも話したくなるのが、ある繊維関係の経営者の話です。私はこの経営者に非常に大きな影響を受けたのですが、なかんづく、あれから20年近く経ったにも関わらず、鮮明に覚えているのが下記のやりとりです。

 場所の大きさやどういう状況だったかは正確に覚えていませんが、彼に私はこう聞きました。

「アパレルは流行と切っても切れない関係にあり、流行は予想できない以上、アパレル産業は最終的にはあたりはずれのあるギャンブルではないのか?」

 今思えば、随分と失礼な質問なのですが、真剣に聞いたせいか、彼は怒らずに冷静な口調で仰ったのはこれ。

「アパレル産業といえども、ビジネスです。ビジネスである以上、サイエンスに変換出来るわけで、僕はどうやってアパレルをサイエンスにしようかを考えています」

 これを伺って、私はすっかり彼のファンになってしまいました。

 彼の語録はたくさんありまして、「アナリストはアパレルと小売業の言語で読み取ろうとするけど、アパレルは製造業でもあるんだよね」「街は動いているから、細かく見に行かないとわからない」「僕が欲しいのは望遠鏡の解像度を上げて、何が起こっているのかをより見えるようにすること」などなど。

 そう考えれば、起業からスタートしてある程度の規模になって「経営」が要求され、株式を公開するかしないか迷い始める頃から徐々に起業のダイナミズムが失われるのは、「創業者=賭に慣れている=α=右脳型」と「経営者=周辺状況を認識する=β=左脳型」の役割分担が融合し始めて、切り分けが進まなくなるからであるように思います。

 α型の職人が偉いわけでも、β型の分析人が偉いわけでもなく、両方いて、所謂経営は出来るのだと理解しているところが一番強いのだろうなあと痛感します。

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