《 「町に出よう!」》
家では妻が「1Q84」をやっと完読したと言っています。村上春樹さんは我々が若い時の同時代作家ですが、そういう本の影響は大きいですね。仕事をしていても時々、ふと10代、20代に読んだ書物のタイトルが頭に浮かんでくることがあります。ちなみに今週は寺山修司さんの「書を捨てよ、町へ出よう」が何度も何度も浮かんでくる出来事がありました。
寺山さんのこの著作、とてもとても重い内容で、陰惨なものなのですが、タイトルの軽妙洒脱なところに救われている気がします。だからでしょうか、今でもこのタイトルは今回に限らず、頭に浮かんできます。私にとっては、「机の前で考えないで、まずは外に出てみろ」というような意味合いで、このタイトルを思い出すことが多いのです(寺山先生が聞いたら「意味が違う!」と苦笑しそうですが)。
今週、「書を捨てよ、町へ出よう」と思ったのは以下の二つの経験からです。
《 農産物ってこんなに安いんだ! 》
茨城に住む母のところに行ってきました。もともと私は北海道札幌の産なのですが、私が就職して東京に出てきて数年したところで自宅を焼失しまして、父と母は札幌の自宅と土地を処分して関東に出てきました。元々釣りが好きな父は海釣りも川釣りもできる茨城の霞ヶ浦のあたりが気に入り、そこに小さな家を建てて老後を送ろうとしたのですが、家を建てた翌年に脳梗塞となり、結局六年後に死去しました。
父の死後、3-4年は母も毎日泣いて暮らしてばかりいたのですが、和歌山に住む実姉(私にとっては叔母)もご主人を亡くし、毎日おふくろに泣き言の電話をかけてくるようになってきてから、「あんたもっとしっかりしなさい!」とお袋がハッパをかける立場になり、元気を取り戻しております。
で、母はもともと農家の出なので庭いじりが大好き。私はいわゆる家庭菜園などは全く興味がないのですが、母はヒョイヒョイと苗やら種を買ってきてポイポイと捲き、時期が来ると色々な作物が出来ます。やはり子供の時からの経験は凄いものです。しかし、父が亡くなったことと加齢で食が細くなったせいか、収穫したものが全部食べきれないらしく、たまに様子を見に行く僕や兄に「ほれ、もってけ、もってけ」と山のように収穫物をくれます。
先週は、北海道にいる親戚から送ってもらったグリーンとホワイトのアスパラガスが届いているのと、空豆が取れすぎたけど腰を曲げて下の方に生えている豆を取るのが面倒だから、もぎって持っていってくれと言われました。仕方なく(私はあまり畑にいる青虫とかが好きではないので)、庭に出て空豆を植えてあるところに行ったら、あるわあるわ!。居酒屋で食べたら間違いなく数百円はするなあという「どでかい」空豆が100本近く。わずか10分で収穫できました。「ほれ、このまま置いても腐るから、ヤスユキ、もっていけ!」というので、100本全部貰ったらスーパー袋5つになりました。
そうしたら今度は、「紫タマネギと普通のタマネギもっていけや」ときたもんです。紫タマネギというのは正式名称知りませんが、外側が紫色になっているサラダなんかに使うタマネギです。これもスーパー袋に一袋、普通のタマネギも一袋。で、だめ押しは北海道の親戚を通じて買っているグリーンとホワイトのアスパラガスをスーパー袋に6袋(!!!)。さすがにこれはおふくろに悪いだろうということで、「いいから持ってけ」「俺が払うから気にすんでない」のやりとりの上で、アスパラガス分は私が代金を振り込む事にしました。
で、車のトランクに「野菜直売移動販売車」かという位つめこんで帰宅したのですが、そのアスパラガスの代金を見てびっくり。我が家は6袋ですが、お袋が自分で食べるように2袋家においているほか、近所の方にお世話になっているからとさらに10-15袋くらい買っているはずなんですね。つまりスーパー袋に入れて20袋強ぎっしりのアスパラ。もちろん、旬のものですから味は最高です。それが保冷便で運んで貰って、お題はぽっきり2万円!!。私の中指くらいあるぶっといアスパラですよ?。多分ホワイトアスパラは気取ったフレンチレストランでソテーで食べれば一皿2-3000円のメニューだと思うのですが。
空豆にしても、タマネギにしても、またアスパラにしても、青果というのは元値は安いものなのですね。でも、流通業の方に聞いたところでは、青果はスーパーの店頭で100で売っているものの農家出し値は30強くらいの原価とのこt。ということは、地産地消と言われている地場農家とのタイアップをもっとできれば、農業生産者は30原価+20利益くらいで売っても十分安いし(粗利益率40%)、小売側も通常価格の半値で売れるわけです。なんで、地場仕入れしないんですかね?。その方が生産者も儲かるし、売れるの見て嬉しいし、流通業側も儲かるでしょう。地元との繋がりも強固になるでしょうし。
その流通の方も仰っていましたが、流通業が農業生産者になろうとする今の風潮はくだらない、と。それくらいならば、既存の農業生産者をこういう形で応援してやるべきなんじゃないかなとも。一見、流通業が生産に進出するのはニュースネタとしては受けるでしょうけど、でも、本当に日本のためになる訳じゃないような気がします。そもそも、30で仕入れられる野菜を100で売ることが近代流通業の意義なんでしょうかねぇ。しかも、蘇生庫で蘇らせた野菜であって、朝取りじゃないですよ?。現代流通業の盲点というか勘違いを見た気が致しました。
《 必見、JF直売所 》
先週は九州に出張に伺う機会がありました。いつものごとく、出張となると車を借りて店舗見学とあいなるのですが、今回は心強いことに知り合いの流通業の方が面白い店を何軒か見せてくださるということで言葉に甘えました。
中部九州~南部九州は山が多いせいか、エリアごとのドミナンスが完全にできあがっていまして、他者の参入が非常にしにくい。だから、納豆100円とか、豆腐88円とか、無調整牛乳198円とか、まだ唸ってしまうような価格で日配品が売られています。でも、北部九州は激戦中の激戦。ということで、今回拝見したのは北部九州、福岡近郊エリアであります。
もちろん納豆58円とか豆腐38円とかもやし18円という激安価格競争もおもしろかったのですが、実は一番面白かったのがJFの直売所。JFといってもサッカーチームじゃないですよ。全漁連のことです。このJFの直売所が福岡の西側の志摩町という玄界灘に面している町にあるのですが(店自体は志摩町役場の近くです)、まぁ、魚が安くて、デカイ!。伺ったのは14時を過ぎていたのですが、まだ少し魚が残っており、優勝したお相撲さんが両手でぶら下げるような真鯛が一匹1500円でした。そのほかにもカワハギにイカに養殖ヒラメに穴子(これらは生きています)、さらにさらに名前は忘れちゃいましたが、「東京の銀座でこの煮付け食ったら4000円はするな」というような魚ばかり。しかも、きちんと調理もしてくれます。
で、それぞれの冷蔵ケースが船ごとのコーナーになっていて「○○丸」という風にPOPが立っていたり、商品にステッカーが貼ってあるんですね。なんというんでしょうか、「俺の船で取ってきた魚バイ」という誇りがバシバシ伝わってくるんです。いや-、JAの直売所も頑張って欲しいですが、JFの直売所にはもっともっと頑張って欲しいですね。
《 理屈よりも、まず面白いものを見に行きましょうよ 》
セブンアンドアイの鈴木会長がもう数年前から仰っているように「今の時代は衝動買い」の消費です。不遜ながらそれに加えれば、「理由付けのない消費はしないけど、理由付けのある消費には金を惜しまない」時代でもあります。だから、道の駅やら、高速道路のサービスエリアの名産品などが受けるのでしょうし、また「ケンミンショー」といったこの狭い日本の中にある食文化のバラエティを取り上げる番組が流行るのでしょう。
そう考えると、果たして今の百貨店だのGMSだのSMだのCVSだのに「理由付けのある消費」を誘引するものはあるのでしょうか?。
出張が多いせいで、あちこちのコンビニに立ち寄ってお握りやらサンドイッチを昼飯として腹に詰め込みますが、まぁ、どこで何を買っても同じようなもの。CVS本部が考えているような差別化が商品で具現化されているかと言えば「???」です。
GMSはどこまでいってもGMSですし(おっと、GMSが好きであるという佐々木の個人的な嗜好は変わっていませんが)、百貨店は相変わらず海外ブランドに食い物にされて高い内装費をカッパがれて、それで「うちは高級な店なんだ」と勘違いしているところが多い悲しさよ。まぁ、SMが店によっては「うっひゃー、旨そう!。さっき、昼飯食っちゃったけど、これ買ってたべようかなー」と思わせるところがあるくらいです。
流通の近代化をすることで日本人は豊かになりました。確かに鰻も牛肉も牛乳もお刺身も毎日食べられるようになりました。小洒落た服もどこに居ても買えるようになりました。でも、その一方で、本当に旨いものを流通できる仕組みができているのか?、漁師や農家や畜産家といった生産者を大事にするような流通の構造になっているのか?、むしろ、彼らから搾取をする構造になっているのではないか?、そんなことを今回考えました。
これはまさしく、「書を捨てて、町に出た」ことによるメリットでしょう。日本は狭いようで広い。見てみなければわからない面白いものがたくさんあります。いつもお世話になっている流通業の方からは、「テスコの新型店見たか?、ドンドンタウンウエンズデイみたか?、北砂アリオのロフト見たか?。いつまでも昔のイメージで見ていると遅れるでぇ、行ってみぃ!」とハッパもかけられました。停滞する経済の中にも面白き流通業はゴマンとあります。是非、「書を捨てて、町に出よう」ではありませんか。