《 「甘え」を断ち切る二社の説明会 》
さて、決算発表も第三週に入りまして、開催数のピークを過ぎました。今週はゴールデンウイークが始まりますし、3月締め決算会社が決算発表を始めるまでしばし静かになってしまうのが残念です。
そんな中で先週は二件ほど、非常にエキサイティングな説明会に参加することができました。一社は専門店、もう一社は外食です。何がそれほどにエキサイティングかというと、二社とも「甘え」を断ち切ろうと必死になっているからです。
《 サプライヤーのくびきを脱しようとする某専門店 》
一社目の専門店ですが、このメールメッセージの性格上、商品(業種)を具体的には書くことはためらわれます。「高粗利益率、低回転」の代表格であると言えばなんとなくイメージを持っていただけるでしょう。「低回転」であるからこそ、高い粗利益率を取らなければならないという商品は確かに結構あるものですが、ただ桐箪笥(少々古い例えでしょうか)のような意味で「低回転」とは必ずしも言えません。厳しい言い方をすれば、「高粗利益率、低回転」に甘んじてきてきたため、需要創造を行わなかったことため、低回転を脱することが出来なかったというのが真実であると思います。ですから各地域に大から小まで乱立している小売業なのです、この業種は。
「需要創造」の一番端的な方法は価格の引き下げです。価格弾性値が低いならば価格引き下げは需要創造になりませんが、この商品は必ずしもそうではありません。むしろ、複数変えるならば複数を保有したいと思う商品です。しかし、この業界は価格の引き下げに積極的には取り組んできませんでした。
ひとつには材料のサプライヤーが限定されていたため価格引き下げをした場合に大きなコンフリクトを起こし、仕入れ条件が悪くなる可能性があったということ。二つ目には顧客に合わせた商品在庫を一つの店で揃えることが不可能であるという在庫・資金繰りの問題。そして三つ目として店内での加工が必要になる商品であったからです。こうした手のかかるものは専門のサプライヤーに在庫管理まで任せて、販売だけに徹してしまうのが一番楽です。そして事実、そうしてきたのです。
しかしながら、この専門店はこの構造に敢然と挑戦をしました。まず価格を下げるためにサプライヤーの開拓に乗り出し、交易条件の悪化を伴わずに価格を引き下げました。まだ完全とは言えませんが、アパレルで言えばSPA化に近いものです。次に単価を下げるだけでは後追いをしてくるライバルに勝てないと考え、新機能商品の開拓を始めています。そしてこれも低価格での提供です。もちろん、店舗オペレーションのローコスト化も進めていますし、内装も顧客誘引力がありながらも、商品バラエティを訴求するデザインを自社開発しています。
《 「今の敗者は次の勝者だ」by Bob Dylan 》
何よりも驚くのはそのスピードです。私がこの会社の存在に気づいたのは半年前の決算説明会でした。正直なところ、あまり投資家の集客力があるとは言えない証券会社での決算説明会でして、たまたま私は時間があったので参加したのです。その時のマネージメントの説明にはまだ迷いがありました。上記のサプライヤー開拓、原価の引き下げ、単価の引き下げ、オペレーションコスト改革、新機能商品といったことは語ってはいたものの、まだ自信が十分にはないという雰囲気がありありと見えました。出席者も40-50人くらいだったでしょうか。
しかし驚くのは質問の多さでした。こうした状況での決算説明会ではたいてい質問は出ず、出ても業界紙の記者とか、主幹事証券の人間があまり本質的ではないことを聞いて早めにお開きになることが多いのです。しかし、出るわ出るわ。結局、説明会の時間をオーバーしてしまいました。
それからわずか六ヶ月。本決算の説明会の出席者はほぼ二倍となりました。そして経営陣の説明のトーンが明らかに変化していました。社長はこう言いました。「これまでの取り組みを徹底化することで、早期に日本一番の市場シェアを取ること。そして、この商品を単なるこれまでの機能、付加価値だけではなく、新しいライフスタイルを与える商品に生まれ変わらせること」。半年前の説明会で聞いたスピード感をから五倍~十倍上がった感じです。
彼らは決して業界のトップランナーではありません。低価格化に先に取り組んでいるライバルは他にいますし、その企業の方が遙かに規模も多い。しかし、しばしば企業経営はフロントランナーが永遠にトップであることを保証してはくれません。規模も交渉力もすべてスピードの関数ですから、今回説明会に参加した企業が次のトップランナーになる可能性は極めて高いと思われます。そして、それを評価して株価やアナリストのレーティングは既に引き上がっています。
《 10億円のチビ外食 》
もうひとつのエキサイティングな企業である外食の方は、株価×株数で計算される時価総額、つまり買収しようとする企業の価値がわずか10億円程度の企業です。ここまで小さい企業だとアナリストも機関投資家も誰も説明会には来ません。10億円の5%を保有してもわずか5000万円。ひとつの投資ファンドが数十億円、数百億円、中には数千億円になる機関投資家とそこに情報提供サービスをするアナリストにとっては、調査をしてもファンドの運用成績に影響を与えない、まさしく「規格外」であります。
で、これまた私はなんの期待もしないで参加した説明会でした。参加のきっかけは、ここが経営しているレストランにたまたま飲みに行ったことがあって、非常に良い接客を受けたためでした。しかし、どんな業態を持っているのか、そもそもどこに本社があるのか、全く知りません。
業績は極めて悲惨な状況です。売上金額も100億円に満たない規模ですし、利益は赤字転落。現在の進行年度は黒字化を予想していますが、それがどこまで達成できるかはわかりません。そもそも、赤字継続を会社予想として出すことを許すオーナー外食企業があるとは思えませんから、無茶な予算を立てている可能性も大です。
ただ、そのオーナー社長の「目」は気になりました。今風の言葉を使うならば「目力がある」ということになるでしょか。睨みつけるような、でも、説明会の会場に入ってくる一人一人に対して「いらっしゃいませ」と言う彼の目はサービス業の根幹を踏まえているように思えたのです。
《 「外食産業は自動車に並ぶ日本の輸出品になる」 》
説明会の内容はオーソドックスなものでした。昨年度の業績説明、今年度の業績予想説明、質疑応答。出席者はわずか20名程度と極めて少ない状況。しかも、誰もが悪業績下で海外への出店をしていたことにネガティブな印象を持っていました。「このリーマンショックの不況下、しかも時価総額10億円に満たないチビ会社が海外に店なんか出しているヒマがあるのか」、そんな無言の圧力を最前列に座っていた私は後ろからヒシヒシ感じました。でも、私にとっては質問するほどの重要企業ではありませんし、黙っていました。ところが、そのことをズバリ質問した人がいたのです。「海外の拡大を停止すべきではないか」と。半分居眠りしかかっていた私は、その質問に対する社長の言葉で完全に覚醒しました。
「確かに厳しい業績の中で、海外進出は早すぎるのではないかと何度かご指摘を頂戴しました。しかし、日本の外食サービスと雰囲気作り、内装などは世界一のレベルにあると私は確信しています。事実、多くの国から出店してくれないかという引き合いを頂いています。私は外食もやがて、自動車や機械と同じように日本が誇れる輸出品となると思っております。いや、海外展開できない外食企業は日本国内でも通用しない、そう考えております。ですから、短期的な業績には必ずしも貢献致しませんが、常に世界を見続ける目を持とうと考えております。」。ぱっと見た目は六本木あたりで遊んでいるヤンチャなイケメンのにーちゃんのような風貌を持つ社長の言葉に私は驚きました。
ご存じの通り、日本の外食産業は極めて厳しい状況にあります。それは不景気のせいでもあるし、ファミリーレストランのような同一業態の面展開に消費者が飽き、一業態一店舗というようなコストのかかる外食のあり方を好むようになったためでもあります。一般的に言えば、「外食産業に明日はない」と経済誌はタイトルをつけそうな産業です。その中で、「外食は自動車と同じ輸出産業になれる」と語れる外食企業がどれだけあるでしょうか。
《 企業の「志」はありますか? 》
最初に書かせて頂いた専門店も、この外食も同業他社は第一週、第二週の説明会シーズンの中で説明会を開催しております。しかし、これら二社のようなことは言わなかった。何故なのだろうと考えた私の結論は、本日のタイトルである、「結局は『志』の差なのか」であります。差別化が重要であると言うことはどの経営の教科書にも書いてありますが、同じ事業をしていてどれだけの差別化が出来るのかと言えばそれは極めて難しい。私はアナリストというビジネスしかやったことがありませんが、奇をてらったレポートや意見は最初は面白がられても飽きられ、差別化にはなりません。結局、「担当している産業企業をもっと知りたい。何が企業の違いなのかを調べたい。」という欲求しか差別化の源泉にはなりません。その意味では「志」の差であるというのは同じであります。
野村総合研究所が1992年に出した本で、「志の高い企業を探る」というタイトルのものを出したことがあります。実は社員であった私は買ってはいないのですが(恥)、この「志の高い企業」という言葉をずっと忘れられずにいます。しかし、残念なことに、一方で私の担当である日本の消費産業はどんどん「志の高い企業」が減ってしまっているように感じています。その一例が過去にこのメールメッセージでも触れた、「川上産業からのベンダーファイナンスに頼り、ベンダーに隷属しても自社が継続すればそれで良しとする小売業」であります。
それを考えると、今回取り上げた二社の時価総額(=買収価格)は二社あわせても100億円に満たない中堅企業ですが、しかし、持っている「志の高さ」は天下一品ではないかと思うのです。どうでしょう、御社の「志」はいかがでしょうか?