《 大人の対応 》
 今年に入って少し世間や産業界も落ち着くだろうかと淡い期待を持っておりましたが、相変わらず激動が続いております。やはり印象深いのは民主党政権になってからの様々な混乱、そしてトヨタ自動車のリコール事件などでしょうか。他にもつい昨日、完全無罪が決まった足利事件の菅谷さんのえん罪であるとか、はたまた各種の陰惨な事件などが目につきます。私におふくろなどは「せっかくテレビも地上デジタルにしてキレイに見れるようになったけど、内容自体が見たくないものばかりね」と愚痴を言うほどです。

 そうした中でこの一週間で個人的に一番大きいニュースはやはり大手百貨店どうしの経営統合取りやめのニュースでしょうか。

 相変わらず一部のマスメディアはこのことを面白おかしく取り上げているようですが、私は非常にスピードの速い英断であると思います。厳しい言い方になりますが、売場の在庫も販売店員もベンダーに「握らせて」しまった今の百貨店では、巨大企業になることが必ずしも収益性や成長性に寄与するのは難しいのは当然のこと。そこに人事評定や財務基盤の差、そして何よりも「何をしていきたいか」のゴールが違うのであれば、「経営統合」というやり方は難しいのではないかと思います。よほどのカリスマがどちらかにいて、「合併、統合」で強引にスケールメリットを創出するしかなかったのではないかと思います。その意味でも、素早い決断は賞賛に値すると思うのですが、いかがでしょうか。既に進んでいる資本持ち合いや協業も一気呵成には解消しないということもまた「大人の対応」であると思います。

《 「解散しちまうか」 》
 それにしても、この「佐々木余談」を書いていて思うのは、「企業を今後どうするのか」ということについて多くの方が悩み、そして私自身も多くのコメントを書いていることです。「あのさー、経営権継承の話はもういいよー」と言われそうですが、そういう時点に日本の消費産業が来ているということでしょう。

 そんな中、先日、大変ユニークなご意見をお聞きしました。地方の企業で、以前はその製品に関してはここの産地でなければと言われるほどのプレスティージを誇ったエリアの雄なのですが、残念ながら新興国への生産移転や消費規模の縮小で地場産業自体が地盤沈下しているところです。

 経営者の方はそのことは百も承知でありまして、工場の海外への移設や技術移転、川下分野への展開など様々な手を尽くしているのですが、業績はなかなか思うような回復を見せません。そうした中での訪問だったので、必然的に今後の企業経営の継承をどのようにしていきましょうかという話になりました。そうした時にその社長は大変ユニークな意見をおっしゃったのです。「解散しちまうか」と。

《 一旦ばらしてから従業員に委ねる 》
 この一言を聞いて、同行していた弊社の人間も含めて、椅子から転げ落ちそうになりました。この企業は典型的な同族企業です。しかも地方の同族企業で、業界内、地域内で高いポジションを誇る企業であれば、事業に対して「恋々」とするのが普通です。しかし、この方は「解散しようかと思うんだよね」と仰るわけです。

 彼の考えている構想は以下の通り。自分は50代も半ばになり、明らかに思考力も体力も勘も鈍ってきている。娘の携帯をいじることができない人間が経営者でございと居座る時代は終わりだろう。でも、後を託してこの会社を経営して貰うには業界環境、地方における情報過疎、一方で地域の金融機関や取引先からヨイショされることによる「井の中の蛙化」などを考えると、成長路線に持っていくのは難しい。何より人材捜しに苦労するのは目に見えている。

 であれば、有り難いことに資産はあるのでそれを従業員に分配して、かなり多めの退職金として渡し、会社自体を解散しようかと。ただ、ビジネス自体は残っているから、引き続き事業をやりたいと思う従業員が集まって新しい株式会社を共同出資で作って、そこにそっくり今のビジネスを移管する。自分が持っていないアイディアで会社を成長させることができれば、株式公開、創業者利得も得られるだろうし、リスクが高いと思うならば多く貰った退職金を持ちつつ、どこかで働けば良い。場合によっては、出資をしないでサラリーマンとして新会社で勤めてもいいではないか。こういう構想です。

 ある意味では神戸のワールドさんがやったMBOに似ていないこともないのですが、決定的に違うのは、(1)未公開企業なので金融機関からの借入金によって株式を市場からTOBする必要がない、(2)現在の経営者は原則として新会社の経営からは身を引く、(3)株主が創業者一族数人しかないので、解散したことによる超過資本は従業員に渡してしまう、ということです。ある意味、未公開企業だからできる思い切った策であると思います。

《 真のパブリック企業とは 》
 この日は取材時間も限定されていたので、これでお別れとあいなったのですが、私が興味深く思ったのは以下の二点です。

 まず、この経営者が自分の能力の衰えとマーケットの変化を的確に読んでいること。これはなかなかできそうで、できません。私も正直な話、20年間やってきたセルサイドのアナリストでまだやれるのではないかという「恋々」とした気持ちがありますし、なかなか市場環境の変化を心から納得はできていません。

 しかし明らかに日本株の売買金額は新興国の売買金額に比べて減っていますし、そこからいただける手数料率も下がっています。一方で顧客である機関投資家は思うように取れない運用成績に苛立っており、「日本の産業の行く手を支える企業への投資」よりも、「目先の運用成績があがる投資」に興味がある状態。その中で佐々木がアナリストになったとて、逆風に逆らう小舟に過ぎない可能性が高いわけです。でも、それを本当に心から納得して理解していますか?、と問われれば難しい。その意味でこの経営者の的確な自己分析は感動しました。

 二つ目に興味深く思ったのは、未公開企業であるのに、企業はパブリックな物であるということを本能的に理解しているということです。一般的に「パブリックな企業」というのは不特定株主を持っている公開会社という意味で言われることが多いのですが、逆を言えば株式公開企業の経営者がみな自分の企業を「パブリック企業」であると認識しているかは甚だ疑問です。むしろ、マーケットの状況を的確に読んで、早めにみんなに分け前を分けて、解散した方が良いかなぁと思う経営者の方が真のパブリックであるようにも思うのですが、いかがでありましょうか?。

 人の「ハッピーリタイヤメント」というのは日本でも一般的な概念になってきましたが、企業自身の「ハッピーリタイヤメント」という考え方もあるのではないかと今回、ふと思いました。

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