《 マスコミの言う「再編」への疑問 》
 相変わらず、出張で色々なエリアの企業を訪問させていただいております。最近はむしろ、東名阪の大企業に伺うよりも、それ以外のエリアの企業に伺う回数の方が多い状態でして、それがまた非常に勉強になります。何故かと言えば、評論家やマスメディアの言うような、「大きいことはいいことだ」的な単純な業界再編などは起こらないであろうと、断言できるのではないかと徐々に確信を持ち始めているからです。

 アナリスト時代の自分が海外の機関投資家に「Consolidation must progress.(再編統合は必ず起こる)」と力説していたことを考えると赤面の至りですが、実際、そうそう簡単に(いわゆる)地方の地場企業は簡単には降参の白旗を揚げないであろうと考えています。しかし、その一方で、「自滅」することにより、白旗を揚げざるを得なくなる企業もまた出てくるのだろうとも思っています。が、これはマスコミが盛んに書いている規模の経済やスケールメリットを背景にした単純再編ではなく、経営のミスでありましょう。逆の言い方をすれば、如何に経営ミスを避けることさえ忘れなければ地場企業は生きていけるのではないかということでもあります。

《 地場企業の強みは「ここで生きていくしかない」こと 》
 地場企業であることの共通の最大の強みは、「企業規模の小ささ」と「地元密着」です。こんなことを書くと、今更なんじゃい佐々木さんよ、眠いこと言いなさんなと冷笑されそうですが、いえいえ、これは絶対に大企業にはかなわない強みでしょう。大企業であろうと中堅企業であろうと、経営者が皆悩んでいるのは部門間のコミュニケーションとスピードです。

 たとえば、店舗運営部門、商品部門、店舗開発部門の三部門で、ある不採算新店の責任は誰にあるのかで建設的な議論が行われることはまずありません。起こるのは互いの責任の押し付け合いです。運営部門は開発部隊が採算度外視の賃料と保証金で建てたからだと文句を言いますし、開発部隊は商品部門がエリアにあった商品を開発しないからだと責めます。そして商品部門は運営部門がろくに商品の属性も知らずに本部でアグラをかいてパソコンで日次データばかり見ているからだと怒ります。このセクショナリズムは永遠に終わりません。そしてたいていは、「誰がそれぞれの本部長か」という政治力で着地を見るというパターンです。

 しかし、地場の中堅企業はそんな訳にはいきません。「新店採算改善会議」なる数時間にわたる会議をしているくらいならば、運営部門も商品部門も開発部門もまずは不採算店舗を見に行き、競合店を見に行き、弱い部分は本部経費負担で強化します。先日、ある地場企業に伺った時に経営陣は、「一日対応が遅れれば、一日フランチャイズオーナーさんが損をする。そして小さい町では、それがすぐに当社の悪評判となるから、よってたかって解決するしかないんですよ。」と仰ってました。真に本質的な話です。

 「地元密着」に関しても、今申し上げた企業の評判という点においてスピード感が極めて重要になります。なにせ非常に狭いエリアの全ての人が、顧客であり、取引先であり、フランチャイズオーナー候補であり、パートタイマーさんであるわけです。とろい対応は企業の命取りになります。「●●豆腐店の豆腐が人気があるから仕入れてくれ」という店舗からの要請に、「商品マスターに入れるのが難しいから無理ですなあ」などと言うシステム係は即刻降格です。それだけ理想的な経営があるとも言えるし、それだけ厳しい経営をしているとも言えます。

《 地場企業の弱みは「自滅」 》
 じゃあ地場企業であれば何でも良いのかと言われれば、そうではないのが面白いところ。「こりゃ、どうにもならないなあぁ」と思うケースも少なくありません。いわゆる「自滅」が見通せるケースです。

 一番多い「自滅」ケースは、何故自分達が支持率が高いのかをきちんと分析せずにとにかく拡大に走るところです。私の印象ではスーパーセンターと呼ばれる業態にこれが多いような気がします。スーパーセンターには正確な定義がありませんが、私なりの解釈をすれば「食品スーパーとホームセンターと実用衣料商材を合わせてワンフロア大店舗で展開し、商圏人口の薄いエリアで徹底的な高シェアを取る業態」というところでしょうか。実際、上場、未上場を問わず、多くのスーパーセンターと呼ばれる店が全国にあります。

 しかし、その多くは必ずしも業績的に旨く言っているとは言えません。一時期話題になっても、やがて業績が落ち、世間から忘れ去られるケースが多いように思います。何故か?。多分、地域シェアを総取りできるという「悪しき米国流通神話」に毒されて、面積の拡大のしすぎに走るからでしょう。

 こうしたスーパーセンターの一号店はどれを見ても素晴らしい店が多い。小売店が無かったところに店を出し、地元からの強い支持を受け、一方で店舗は徹底的なローコスト。品揃えは「こういうものがあったらいいな」という顧客の要請に忠実に答えます。あっという間に投資回収が出来ていきます。また、地元密着ですから地元マスメディアには好意的に取り上げられ、そのうちこれを聞いた評論家やコンサルタントが「これはスバラシイ業態だ」と誉めまくります。本まで書かれちゃったりします。で、誤解するんですね。「ならば、もっと大きくて、もっと品揃えの良い店を作ろう」と。

 で、二号店、三号店と作っていきますが、投資効率はどんどん落ちます。そりゃそうです。あれだけのアイテムの在庫管理、発注管理をする仕組みも作らず、しかも大型店で資本費に対する収益効率性が落ちているのだから業績が悪化しないわけがありません。でも、こうした大型店は注目されて、「これが米国型スーパーセンターだ!」なんて評論家のセンセイに誉められちゃって有頂天になってしまって、足下の資金繰りに黒い影が忍び寄っていることが気づかない….。これが「自滅」パターンですね。

 もうひとつの「自滅」パターンは、強みの部分で述べた「我々はここで闘うしかないのだ」という覚悟が消滅している企業でしょうか。いまだに日本では地方銀行が絶大な力を持っています。また、多くの食品、日用雑貨、衣料品の商流は地元の卸や営業所を通して仕入れが行われます。このステークホルダー達は経営者を誉めて誉めて誉めまくりますから、よほど強い意志と大きなアンテナを持って情報収集をしておかないと、「井の中の蛙」「裸の王様」になってしまいます。また、ちょっと業績とか資金繰りとか後継者につまり始めて、誰かに助けを求める時でさえ「金は欲しいが、資本は渡したくない」とか「商社とは手を組みたくないが、同業者とも手を組みたくない」とか、色々と無茶なことを言い出します。非常にキツク、失礼な言い方ではありますが、見ている世界が狭いのですね。

 実はさかんに言われている百貨店や量販店の再編統合というのも、この「自滅」パターンなのではないのでしょうかねぇ。

《 強い地場企業は大企業の経営の参考に 》
 こうして考えると、地場の中堅企業で業績もよく、経営もしっかりしている企業というのはまことに得難い存在であると思わざるを得ません。さきほど、大河ドラマの「龍馬伝」を見ていたのですが、「これからの日本国を如何にするか」という大きなテーマを考えている人間であっても、土佐藩の大リストラクチャリングをしようとする吉田東洋と、そのリストラで地位を失いそうになっている人間が攘夷派をりようして吉田東洋を追い出そうとしているわけで、そのレベルというか考え方のみみっちさには苦笑を禁じ得ませんでした。まぁ、だからこそ、このドラマで出てくる若い人々が「これじゃいかん」と気づいて、日本を変えていったというのが今だに「幕末もの好き」の文化を形成しているのでしょう。

 話がちょっとずれてしまいましたが、実際に地方の企業の経営者にお会いし、店を拝見して、地場企業の強みと弱みを痛切に感じます。そしてそれは逆に言えば、大企業の弱みと強みでもあります。「龍馬伝」と共に、これからまた多くの現況をみれるのかと思うとワクワクいたします。

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