▼ 日経朝刊をある記事の見出しを読んで思わず唸った。「「住宅ローンが返せない」五万人超 大震災時の5倍に~コロナ長期化が影響 新規も増え、リスク増す」。また始まったか、債権回収と貸し剥がしのあの暗い時代が。
▼ 記事の骨子はこうだ。(1)住宅ローンの返済に窮する人が増えており返済猶予などの救済を受けた人は五万人と東日本大震災の5倍を超えた、(2)一方で新規ローンの融資額は伸び続けて一部の住宅ローンはバブル期以来の水準、(3)さくら事務所の長嶋会長は「好立地であれば住宅売却でローン完済出来るので住宅市況堅調が最後の砦」と語る、(4)平均住宅価格が上昇する胃法で郊外住宅価格は下落も目立ち始めたのでコロナ禍長期化で需要息切れするリスクもあるとの声も。
▼ そもそもがコロナ禍で経済活動が止まる中で、賃金は上昇せず、失業率・休業率も上がり、自殺者は増える中、不動産や一部高級消費財(宝飾、時計など)、そして株式といった資産価格が上昇することは理屈が合わない。言うまでもなく、全てコロナ対策で各国が大量の政府資金を市場に供給して強烈なカネ余り現象を引き起こしたからだ。生産活動を実態活動と呼ぶならば、まさしく久々に見るバブル経済。ただ平成バブルと違うのはプラザ合意に始まる円高ドル安で日本にカネが向かって起こった「自然なバブル形成」と違い、コロナ対策による資金供給によって起こった「強制的なバブル形成」であることだ。
▼ 私は2008年のリーマンショックをきっかけに家を失った。長年苦労して貯めた資金で家を建てたが、リーマンショックによる経済の急降下で賃金も昇進も逆回転し始め、ついてに毎月のローンを支払うのが難しくなるであろう事が目に見えてきたのだ。家族の希望を漏れなく盛り込んだ家で絶対に手放したく無かったが、「上物(建物)は価値がなくなっても、土地は好立地であれば価値は残る」と不動産会社の担当者に言われて買ったことが幸いして、建物分の価格をディスカウントする事で、ローンは残らず手元には建物分を差し引いた現金が残った。この記事はそのことを思い出される。胸が痛い。
▼ 未来を予想することは誰にも出来ない。しかし、ファクトを並べることはできる。a.東京・関西のまん延防止条例を見て分かるようにコロナ禍はまだ当面は続く、b.危機が長引けば債権回収が難しいことから既に銀行は貸し渋りを企業・個人に始めるだろう、c.資産価格は実需+期待値で動いているためどちらか一方が下がっただけで簡単に下落する、d.動産に比べて不動産は流動性が低く売却したくても容易に売却出来ない。
▼ 思い出すのは関西のスーパーマーケットのA社の社長のことだ。彼は大手銀行のバブル後の債権回収部隊の部門長だった。役員ではないにもかかわらず車がつき、ボディガードも二人付いたという。電車では絶対にホームの一番前には立たず、道を歩くときは人をよけて歩くよう指示されていたという。破格の経済処遇を貰っていた彼だが、取引先であるスーパーの社長に就くように勤務先の銀行から指示された時に、心の底から安堵したという。「これで自分も家族も身内も殺されるようなことはなくなった」と。
▼ この記事にも書いてあるが、既に旅行業界など回収が難しくなるであろう業種に勤務する人への住宅ローン借り換えは手控えられているそうだ。この流れはコロナ問題の解決が見えない限り、さらに大きい流れとなるだろう。バブル世代入社で失われた30年を見てきた自分にとっては平成バブル崩壊、金融業界の護送船団崩壊、ITバブルやエンロン事件、リーマンショックと何度も繰り返されてきたバブル崩壊が再び訪れたに過ぎない。しかし、その歴史を経験していない者にとっては初めての経験になるだろう。これが「歴史は繰り返す」の恐ろしさだ。
▼ 様々な支援金を受けた事業や企業もコロナ禍からの業績回復が遅れれば遅れるほど、金融機関は容赦なく債権回収に走り、運転資金を貸し渋るだろう。そして企業は損益計算書が黒字でも債務不履行を二度すれば倒産する。「キャッシュ・イズ・キング」、安全資産としての現金の強さは需要が縮小し、デフレが続く中ではその地位を維持する。空前の投資ブームだそうだが、なにやらワリチョーやワリコーや郵便定額貯金といった高利回り商品の利率が落ちた後に起こった株式ブームを想起させる。高株価を維持するために多くの年金基金が放り込まれ、「池の中のクジラ」と揶揄されたのはもう5年以上前のことだ。
▼ そして自然災害は常に発生するリスクはそこにある。毎年のような大雨、洪水、地震に加え、南海トラフ、首都圏直下型地震、富士山爆発。子どもの頃にお話であったことが、確率としては上がっていることは間違いない。水は高いところから低い所に流れるので、低い土地に家を建ててはイケナイ。埋め立て地は液状化現象が起きるから家を建ててはイケナイ。海沿いは津波が来たら全て流されるから家を建ててはイケナイ。金融商品のリスクは値下がりすることではなく、資産価格が上下することが読めないことがリスクである。これらを総合すると、コロナ禍という未曾有の状況の中で資産価格だけが上昇している状況が長続きすることは、少なくとも理屈上は整合性が合わない。今、資産を手に入れて良い人は既に十分にキャッシュを持ち、支払総額の相当部分を手持ちキャッシュで支払うことができ、転売をする必要のない人たちだ。必然的に高齢者層になるだろう。
▼ 再び、金融機関の不良債権回収担当者がボディガードに守られながら街を歩く時代が来るのだろうか。そうなっては欲しくないが、実際に多くのオフィスビルの地下食堂街、商店街が閉店する今の時代を見ていると、そういう光景を再び見る時代はさほど遠くないように思えてならない。