▼ 多分、前にも「風待食堂」でこのタイトルは書いたことがある。絶対ある。そう思うくらい、この言葉が梳き、「人にやさしく」。THE BLUE HEARTSの名曲。
▼ 人が人にやさしくなくなった。それはこんな状況のせいだと思うけど、コロナ禍のせいだと思うけど、でもやっぱり、人が人につらくあたったり、揚げ足を取ったり、些末なことを取り上げては攻撃するのを見るのは心が痛い。心身というように、心と身体は一つじゃ無いか。おまけに、自分の不機嫌は、他人様の不機嫌をも呼び込む。みんな、もっと人にやさしくなろうよ。
▼ そんなことを思っていたら、長い仕事友達から良い報せがが来た。彼は転職をしたのだけど、心穏やかに毎日が過ごせる仕事はいいですね、そんな内容のメールだった。前の僕と彼の仕事は株式などに関連する金融業界。毎日の相場を横目で見ながら、「どこの株が上がりそうなんだ?、どこの企業が潰れそうなんだ?、どこの企業がM&Aをしそうなんだ?」と毎日毎日聞かれる仕事。確かにペイは悪くは無かったけど、失ったものも少なくない。
▼ そういう仕事をしていた彼が選んだのがスーパーマーケット。本部機能には属しているけど、先日の繁忙期には店舗にも出て販売やバックヤードの手伝いもしたそうだ。何よりも彼が楽しいと感じたのが、毎日がお客さんを相手にした真剣勝負だということ。老若男女を問わずにオカネという投票権を持って、星の数ほどあるお店と商品を選んでオカネを投票するという真剣勝負にシビれたのだそうだ。
▼ 株式を始めとする金融の世界も真剣勝負と言えば真剣勝負。でも、一方で他人様を責めることが投資家のチェックがよく効いていることだなどとも言われ、あまり素直な真剣勝負じゃない。尤も、こんなことを書いていると知見ラボの昔の僕を知っているメンバーは指さして「佐々木はん、よう、言わはるなあ、そないなこと。あんたも同じ穴のムジナだったでしょ」と言うだろう。申し訳ない、その通りでした。ここでお詫びします。
▼ 初めての転職で外資系の証券会社に入ったとき、同僚に20才以上違う同僚がいた。腰が低く、丁寧な物言いで、でも流通業の企業と業界を見る目は確かだったアナリスト。西友出身で海外拠点で勤務していた時代は堤清二さんの秘書的な役割もしていたという素晴らしい経歴の人だ。偉ぶらないけど、一方でおためごかしたことも言わない。30年前にニトリやイオンの株式を保有することを奨めていた。あの時買っていた投資家は資産を指数関数的に伸ばしていただろう。
▼ 物静かな彼は一緒に出張に行っても移動の飛行機や電車と顧客先でのプレゼンテーション以外は全て別行動だった。そんな彼が一度だけ夕食に付き合ってくれたことがある。そこで彼が言ったのは、「佐々木さん、オカネは投票権なんですよ。お客さんはその投票権を持って、何に投票しようかなぁって考えている。だから流通業、小売業って凄いし怖いんです」。ああ、僕の友人が最近言っていることと同じじゃないか。
▼ ここから思うのは「本質は裏切らない」ということ。転職した友人は金融業における投資先選びは「政治派」的な投票だと言う。思惑をどう読み、どうコントロールするかで当選者はコロコロ変わる。しかし、流通業、小売業の投票先選びは「本質派」だと言う。以前のイズミヤのキャッチフレーズじゃないけど、「ええもん安い」が生き残る本質で、その本質を選ぶ投票なんだと。
▼ 政治から本質の世界に移った彼はとても楽しそうだ。「思い切ってよかったですよ」とメールから笑顔が浮き立つような彼の文章は確実に「人にやさしく」の文章だ。ニュースショーで誰かを責めることを生業としている人の話を聞くくらいならば、友人の楽しげなメールを読んだ方が心の健康にはよさそうだ。そんなことを思った。
「オカネは投票権」印象的な言葉ですね。
20年以上前、専門学校の教員だった頃、証券会社で億という金額のビジネスしていた知人が転職し、人に教える教育って本質的で素晴らしい価値ある仕事。尊敬しますと言われた事を思い出しました。証券の売買からは本質的なモノを感じられなかったと。そう言われた事を思い出しました。
「オカネは投票権」深いですね。
藤井さん、いつもコメントを有り難うございます。
業績や成長性が良い会社を見つけ出し、それを機関投資家に勧めることが自分の仕事だ!と思っていた自分に、「オカネは投票権。だから商人はいつもコツコツと小さい努力を積み重ねている。その努力に投じてくれた投票は何物にも代えがたく有り難い」という彼の言葉に、衝撃をうけました。
証券会社を「株屋」と自虐的に言っていた時機がわたしにありますが、今思うとそれは投票に見合った何かをきちんとお客様に提供していなかった自分への言い訳だったのだろうな、と思うことがあるんです。どんな仕事や職業も全て「オカネを投票して頂く」という点では同じであり、それを意識しているかいないかが、とても重要なことだったんじゃないかと最近思います。その意味では証券会社も教員もスーパーマーケットも建設業も何もかも、とても尊い仕事なのでしょうね。