▼ 大学で研究員・教員をしているが、対象は社会人。つまりは研修や人材開発などの企業人向け。まだまだこの世界では新米なんだが、結構な数の研修に参加してきた。そこで感じたのが、研修受講生の多くが「醒めている」こと。若手も中堅も役員クラスもいるから、年代や世代の問題じゃない。研修内容自体は僕自身でさえ「ほぉ~」「なるほどね」と感心することばかりだから、決してレベルが低いわけじゃない。聞いたら、すぐに誰かに話したくなる内容だ。しかし、「醒めている」。何故だ。
▼ その理由をこの前垣間見ることができた。古い仕事上の友人が、ある企業の社外役員をしている。その世界では有名な日本企業で、シェアもトップ、もちろん東証一部上場企業だ。現預金も潤沢にあり、財務は堅く、海外拠点も複数ある。しかし、友人はそこにこの企業の危機を見た。現預金が潤沢にあるということは、使い道がないということでもある。事実、その会社は祖業周りのビジネスしかしていない。財務が堅いということは管理部門の発言源が強く、なおかつ外部の人間が文句をつけようがないということだ。実際、取引先や顧客からのプレッシャーはさほどないらしい(尤も株価は正直でダダ下がりだが)。海外拠点をもっていると言うことは、海外人材やグローバルマーケットをどううまく使うかの戦略があるはずだが、残念ながら顧客の要請で海外進出しただけだから、ない。
▼ そんな惨状を見かねてか、部課長クラスで「変えなければ」と意識を持つ人間を数名集めるから、勉強会をしてくれよ、と頼まれた。そりゃ彼の役に立つことならば、とロハで出かけた。メンバーは真面目だ。「どうしたら良いですか」というので「どうしたいのか(ビジョン)がないのと、向かう方向も決まらないよ」と一緒に、向かいたい方向を可視化した。部下や同僚を巻き込むことも薦めた。そして何よりも信頼できる上席(できれば役員クラス)をそこに入れられないの?と聞いた。その時だ、一斉に顔が曇ったのは。
▼ 経験上、ピンと来た。なるほど、多分、この企業の役員、経営陣はこのままで良いと思っているのだろう。イノベーションだの改革だのダイバーシティだのと外受けすることは話しているのだろうけど、実際はなんとか役員定年まで居座って何もせず、責任もとらず、無事リタイヤしたいのだろう。そんな企業は研修をやってきて多く見てきた。だから受講生の口調のニュアンスでわかる。
▼ メンバーから色々なアイディアが出てくるのだが、申し訳ないがこっちが醒めた。そんなふりは見せなかったが。企業が組織である以上、ピラミッドの下から改革することはまず不可能だ。チェインジマネジメントや破壊的イノベーションとか、いま流行の経営学手法にしても、経営層が変わろうと思わなければ変わりようがない。そしてこのメンバーにはそのピラミッドの上がいない。私の友人も役員とは言え、社外だ。多分、「外から来て我が社のビジネスも知らないくせにウルサイヤツだ」と思われていることだろう。可哀想だが、このままではこの企業は変わらない。聞けば大量のキャッシュの使い道がなく(=新規事業がなく)、株主からヤイノヤイノ言われて増配に増配を繰り返しているそうだ。やんぬるかな、そのキャッシュが尽きたときが命脈尽きる時だろう。
▼ 後日、友人の彼から電話が来た。最初の目論見は、若手のやる気あるメンバーに話を聞かせて、そこから上に上げて、役員を動かして役員にそれらメンバーに話すようなことを聞かせる研修の場を作りたかったのだと。しかし、その窓口の役員にそう言ったところ「経理がねぇ、わからないとだめなのよ」と頓珍漢なことを言い出して、彼は目を白黒したそうだ。電話口で僕は笑いながら、「XXさん、それはねぇ、そんな余計なことはするなという意味ですよ」と伝えた。そりゃそうだ、役員だって任期を持って仕事をするサラリーマンの変形みたいなものだ、日本では。本当は企業を改革していく義務があるが、本気でそう思っているひとなんざ、そうそういるもんじゃない。何よりベリートップに嫌われて「おまえ、任期一期で終わりな」と言われたら、それでおしまいだ。誰がそんなアブナイ橋をわたるもんか。
▼ 上からしか変わらない、というのは何もこの会社だけじゃない。殆どの企業がそうだ。多くの企業が大学や研修企業に研修を依頼してくるが、それはあくまでも経営者層が必要だと考えた時だ。下からということはありえない。そして経営者層も「自分たちが変わらなければならない」ということにはハラオチしていない。なぜならば、人間は変わらないと決心をしている生き物だからである(このあたりはロングセラー「嫌われる勇気」にもしばしば出てくるので一読を奨める)。
▼ こことは違った研修でよくあるのは、数日間のグループワークを経て、グループ毎に今後我が社はどうあるべきかをトップマネジメントに発表するというものだが、面白いのはあと2~3回で発表という時期になり、内容が固まってくると途端に相談が増える。「あのー、こんなこと本当にプレゼンで言ってしまっていいんでしょうか」。いつものことだが、真面目くさって当方は相談に乗るが、心の中では「またかぁ~」と苦笑すること頻繁だ。忖度文化、同調圧力、そして何よりも人と違うことを言って評価を下げられた実例をこれまでいやというほど見てきたのだろう。彼らもアブナイ橋はわたりたくないのだ。
▼ 前職に就いていた頃、自身の勤務する企業も、顧客である企業もなかなか変わらないのを見て、「もう役員は2/3は切れ!、本部長・部長クラスの半分は切れ!。部署を1/3にしろ!」と叫び続けたものだった。いよいよ説破詰まった際には早期退職というリストラがあるように、企業の組織自体もリストラしなければ自分の利権にしがみつく人間ばかりが事態を混乱させるだけだ。そして、そうなる日に備えて、どこにでも働く場所を変えられるよう自分のスキル、強みを持ち、それがどのくらいの市場価値が付くかを考えておくことだ。もちろん、そうした新しい働き場所に繋いでくれる友人知人との絆も大切だ。
▼ ITでAIでIoTでDX。聞こえはいいが、人がやらなくてもこれから仕事は回るようになる。オーウェルの「1984」とは違う形での、人間疎外が始まる。早く備えることだ、会社の上の人間も下の人間も。